周囲の出来事・自分の事

周囲に起きる出来事に目(気持ち)が行くことが多くなりました。

いつも行く場所で知り合いが電話で激しく口論していた。近所のお母さんが子供に怒鳴っていた。

周りに起きる厭な現象は全て自分の合わせ鏡と聞いたことがある。自分が行って(思って)いる、または行い(思い)そうな事を見せられている。これは自分を返り見、向上させるための現象だと。

だからその場から逃げても気づくまで、同じ場面に出会うと聞いています。

最近はづき虹映さんのプログを読んで共感することがありました。身の回りの現象に良い悪いはない、そう感じる自分を知る事・色々な体験をすることが大切だと。

会社の出張があると幾らかの手当てが数万円になれば家内と折半している。

数千円の時は会社帰り間食したりマンガ喫茶に行っり雑誌を買ったりしているが罪悪感があり自分に言い訳を考えたり、俗に言う、ちっちゃい人間。

サークルなどの会合がある時、自分の担当でなく他人に迷惑をかけない時は行くどうか迷う時がある。

そんな時「迷った時は正しいことではなく楽しいこと」

自分が勝手に決めたルール。会社以外でもサークル員はサークルの集まるには必ず参加しなければならないとか、自分を甘やかしてはいけないなど自分勝手なルールで自分を束縛して身動き出来なくなる。

そんな自分に気づきもっと気楽にやろうと思う、羽目を外しても生真面目な私なら大丈夫と。

話しは変わり先日PHP出版の「武士道」を購入した。

武士道は特権階級の人間が自らを律するためのしきたりとあった。

我々庶民も学ぶべき事は多い。切腹は名誉(気高さ)を回復する唯一の手段だった。

私は武士の持っていた気高さ・志を見習いたい(切腹は嫌でけど)と感じた一冊でした。

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