ここ数日、言い様のないモヤモヤと言うより泥々のヘドロの感情に巻き込まれていました。

そこからの脱出方法の糸口が見えたのは次のブログからでした。

カオナシに”ワクワク”なんか要らない。」の『カオナシに必要なこと、それは吐き出すこと。吐き出し切ること。』のメッセージに泣きそうになりました。

そして

ネガティブを否定すると 心の闇は深くなるでした。

今まで自分の感情のままを人にぶつけて、相手を傷つけてきました。これを平和利用?!出来れば大きな癒しになるのではと思いました。
言葉で人をズタズタにする人は、言葉のベクトルを変えれば、心がズタズタになった人の手助けになるのではと思いました。

モヤモヤの表面上は巨大化した職場への不満からの怒りでした。怒りは第二感情と言われるように、その前段階に何かがあります。
それは職場のリーダー核の人が要介助者の療養を兼ねて、遠隔地の病院まで24時間介助に必要性な三人以上介助者を連れて行った事でした。
その方の生命が危なかったので救済措置として行ないましたので、誰も異論はなかったと思います。

自分は1介助者としてコーディネーターのように特定の人のために手助けをする事が出来ない、そんな寂しさと無気力感がそこにあったように思いました。では本当は自分はどうしたいか?を考えながら寝入りました。

朝起きると、1人(1つ)の事に関わりたいと感じているのではと思いました。
そう言えば
・ホームページの構築に時間を忘れて数日間没頭する
・1つのテーマ、例えばブログ投稿記事を何時間も書き続けても気にならずに深入り出来る。
・仕事で言えばマルチに手をつけるのではなく、1つのテーマに集中して行う修理部門や1日1件の工事から1現場数ヶ月の現場管理仕事が性格に合っていた。

我ながら成る程と思った、所謂「職人気質」・・
反して介護仕事は多くの事を短時間で行い、介護中はじっくり1つの事に拘っている時間はありません。


生き方も波止場に船=自分を着けて、ゆっくりメンテナンスを行ったり、親しい人との懇親をする時間が心休まる時を大切に。

しつつ

何時までも、波止場に停まっていては錆び付いてしまうと思うのか、荒波の大海に出向していく。

それを相互に行うのが本性。

今までの50年の仕事は出張メインで週末に帰宅する「出港」ばかりで心休まる時が無かった。昨年から
は週2回の泊まり(現在は週1回)以外は自宅(波止場)で寝泊まりの毎日です。

よくよく考えて見れば、「出港」メインでは疲れて帰航=職場放棄=退職の図式になりますが、「波止場」メインでしたら仕事と言う役割=いい面のペルソナを行う合間に「1つの事、1人の人と深く関われる職人」生活が出来るのでと思いました。

もし「職人(1つの拘り)」と「介護(主婦気質)」がミックスしたら独創的な面白いものが生まれる予感がします。
これは今まで「専門的な緻密な計算で行う」仕事と「その場その場で直感的に臨機応変に行う」仕事のミックス=人物の本性に合った仕事ないし生き方になります。


たまたま動画でこんなのを見ました。

http://gyao.yahoo.co.jp/ → ドキュメンタリー → 太陽と地球に隠された秘密
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00867/v01300/v1000000000000011993/?list_id=2139261

太陽は極大期と極小期を繰り返します。地球上で超小型の太陽を創る研究所があったり、オーロラを見るために住居を居つった方の紹介があったりします。
これらは日常生活用品のように、直ちに目に見える形で生活に取り入れられ訳ではありませんが大切な事かと思っています。

森野さんフリー星読講座で紹介された「本来の太陽系の姿」
学校の教科書で習ったような平面的に一箇所で留まっているのでなく、常に進んでいます。日常生活では言えば同じような毎日に見えて実は変化し続けている。この宇宙の流れに従った生活が自然の流れです。

まだ方向性が見えていませんが、心のモヤモヤと取り組みながら見つけていきたいと思います。