久しぶりにスピリチュアルの記事を書いてみます、この内容は私一個人の見方です。

高次元の世界は多重構造になっているので、どんな視点でどの面を観ているかで表現は全く異なります。そもそもこの縦横高さを持った三次元世界膨大な高次元世界全てを伝えようがありません。

身体は見ての通り肉体です(笑)よく言われる服のようなもので今世限りのものです。生まれ変りがあるとして大切にしなければならないものです。

反面本質はその奥にある心(想念・思い)、魂です。心は割りと日常生活で心を込めるなどと使われますので何となく親しみがあると思います。

心は半物質で肉体と魂を繋ぎ合わせる役割を持ちます。天使の心とか悪魔の心のように自由自在の存在です。

大昔は霊界(神界)しかありませんでしたが、ある目的(摂理)で現界が出来ました。目線によって「創られた」とも「出来た」とも表現出来ます。

そこで困った事が持ち上がりました。それは現世で諸々の悪想念を積み上げて霊界に入れまでの浄化期間は地縛霊のようにどうすることも出来ませんでした。

そこで幽界(心・想念)の世界を造り上げ修行の場としました。ここで魂に乗っかかった心(想念)を浄化します。

ここから出て来たのが幽霊で有り余る想いがある方です、ここから無断で現界に出てくるのは罪になります。勤務時間中に無断で私用を行うようなものです。

会社によってルールはマチマチですが、上司に「私用の許可を得ます」。会社によっては有給休暇申請だったり、小さい会社なら一言で住む場合もあります。

幽霊に対して徐霊や浄霊をするパターンや見逃すパターンがありますが、この世界に現れる状況によって変わります。

必要性があって許可を得て現れる場合の徐霊や浄霊は現界的に言えば公務執行妨害に当たります。現世に居る人を何とかすべきです。

過食で身体を壊しそうな子供をいさめる親を無理矢理に排除するようなものです。子供から見れば鬼かも知れませんが、そのまま放置すればいい問題ではありません。

子供の知恵ある親友なら親心を分かりやすく伝えようとします。

反面、無許可で幽界を抜けだした者に対してら悟して駄目なら徐霊や浄霊を行います。子供に対して暴力を振る親への対処は警察に通報して子供を守る必要があるのと同様です。

心(想念)の話しが長くなりましたが、その奥にあるのが魂です。神道では神の分け御魂と言われてたり、集合無意識と繋がっている本体です。

ヘリウム水素が入った風船と同じて上に上がるしかありません。そこに重石を着けているのが心(想念)に当たります。

重石によって空を浮かんだり、目線の高さだったり足元に位置したりします。神にも悪魔にもなるの喩えですが本体の風船(魂)の性格には変化はありません。

魂のことを超意識(全体意識)、心を潜在意識、身体を顕在意識(意識することが出来る)と言ったりします。

魂と心は一体をなしていて、心を浄化すれば本来の魂となります。心はエネルギーですので廃墟に現れる幽界の通り観えるが何かする力はありません。

廃墟に行って精神的にバランスを崩す場合もありますが、それは本人の思い込みにより現界的に物理的に対処が可能な場合とそのエネルギーがキッカケで他の霊的な存在とチャンネルが合ってしまった場合は霊的専門家しか対処方法がありません。

ですから仮に身体と心と魂を分離した場合は肉体と魂は単独で動きますが、心は単独にすると全く別の「エネルギー」的存在になり人が近づかない限り人には寄って来ません。

この世界で怖いのは死んだ者の想いではなく、生きている者の想い生霊です。死者からの想い(怨念)がありますが生き方を見直し必要に応じては根本的に改善して専門家に頼れば何とかなります。

生霊はある意味では見た目だけで心は余り関係しないので面倒です。霊的専門家に頼ればその範囲では防護されますが物理的襲って来たらドラマのように劇的な守りにはなりがたく現界的に警察を頼った方が良いと思います。

この世界は目に見えない事だけに重点を置いても駄目で、目に見える事柄にも注意が必要なめんどくさいながら楽しい世界かと思っています。

式神が心(想念)のエネルギーを活用したものかと思っています。