全ては怒りから始まった?!そして盲ろう者け通訳・介助研修

昨日(昨夜)は責任者から届いた何気ないメールからトラウマが刺激されてfacebookで助けを求めたら何人かの方に有難い言葉かけを頂きました。

ふっと現在は介護職に就いてセラピスト活動を目指しているが、そのきっかけに目がいきました。

それは30年以上前の18歳で新入社員研修で千葉に長期滞在した時に工場で出会ったろうあ者をきっかけに社内の手話勉強会に参加したのを封切りに地元の手話サークル、全国組織の手話通訳者の団体に入りました。

ここでは「手話」技術と並行してろうあ者の(大変だった)歴史や生活を学びました。そして無意識に怒りが沸き上がりました。
手話をきっかけに要約筆記、点訳、指点字更には介護職に着きました。

その中で強烈な言葉に出会いました。
それは「ボランティア活動を止める事は出来るが障害者を止める事は出来ない」そのあとに勝手に「だから無責任にボランティア活動を始めずに最後まで責任を持って」を付け加えました。

ある意味では正しいです、自分の勝手な都合で活動を休めば迷惑がかかる人がいます。だから責任を持ってなら良いかと思います。

私の中で過大解釈して一度ボランティア活動を始めたら死ぬまで続けなければ生きている意味がないまで思い込みました。

次に名古屋に戻って手話サークルの代表から「福祉施設が出来て職員を募集しているが興味ないか」の話しがきっかけで転職しました。
そこは何と施設に反対する障害者支援活動家の集団でした、数十年後に再就職して当時の状況を聞くと「食って行くために社会福祉法人をつくり、施設をつくった。その行為への批判が多数あった」そうです。

何か騙し討ちみたいでした。福祉施設職員を募集して福祉施設反対ってどう思いますか?!
最初は3人から始まり当時で40~50人で現在は200人超えです。

運動家の原動力は現実への怒りです、福祉の原動力は慈しみ思いやりで180度異なります。

この団体の介護部門の責任者は「我が身に何があっても彼らの生活は守る」思いがあると本人から聞きました。
実際に夜間、休日の事務所への電話は責任者の元に転送されます。

人それぞれ信じるもの信念があります、それには口出し出来ないしすべきではないと思います。
人は自分の信念(思い込み)を元に行動します。

自分の性格が災いして仕事時間中や休みの時のゆっくり(ゆったり)することに罪悪感が出ています。
仕事時間中は忙しくないと落ち着きずに精神的に忙しくしてしまったり、平日の休みの日でもゆっくり出来ない状況を自ら作り出してしまっています。

対策は「自他分離」「自分軸で動く」事かと思っていますが、実践には移す事が課題かと思っています。

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今日は10時から「愛知盲ろう者向け通訳・介助研修」があって午前中の講師の講演を聞いてみたいと思っていました。

介助空けが8時過ぎて自宅に着くのが9時前で開始時間には難しいので諦めてようかと思いました。
気になって時間検索をすると30分で最寄り駅までの10分を足しても40分で何と9時10分に出てば開始の10分前に着きます。

午後から事例検討会がありますが、明日の出勤と体調を考慮して午前のみの参加としました。

そこでも「通訳・介助員は止めるが、盲ろう者を止める事は出来ない」の言葉を聞きました。
内容を聞いて見ると事前に連絡をせずに休んだり、派遣の約束をしても自分の都合で気楽にキャンセルする方がいて忌ましめる話しでした。

仕事に比べて責任感が薄い方も居るんだと思いました、私の場合は命に代えても職務を果たす気持ちでしたが責任者から発熱がある時は抵抗力の弱い人にうつす危険があるので休んでくれと言われました。
通訳・介助員業務も体調が悪い時に無理をして何かあれば相手は対応困難なので時と場合によってはコーティングに相談することも必要かと思いました。

そこで大切な4つを学びました。
1傾聴 2共感 3受容 4相手への創造力

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写真はホイエモンさんの帰り道に購入した書籍です、たまたま堀江さんのコーナーがあってすぐ購入出来ました、ひと仮眠後に読みたいと思います。

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